マクロな機械的回転によるキラル誘起
生命の神秘解明につながるかも? マクロな操作で分子を「ねじる」
論文
M. Kuroha, S. Nambu, S. Hattori, Y. Kitagawa, K. Niimura, Y. Mizuno, F. Hamba and K. Ishii
“Chiral Supramolecular Nano-Architectures from Macroscopic Mechanical Rotations: Effects on Chiral Aggregation Behavior of Phthalocyanines”
Angew. Chem. Int. Ed., 58, 18454-18459 (2019).
(Altmetrics 75)
プレスリリース
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3185/
ロータリーエバポレーターのマクロな回転で分子の右巻き、左巻きを制御!
―生命のホモキラリティー起源の候補を高い再現性で初めて実証―
石井研究室では、ロータリーエバポレーターを使用して、フタロシアニン分子の単量体を含む溶液を濃縮することにより、キラルな触媒を用いずに、マクロな機械的回転に応じて、右巻きまたは左巻きにねじれたフタロシアニン キラル会合体を、高い再現性で合成することに成功しました(図1)。
会合体の“ねじれ”構造は分光測定により決定され、フラスコ内流体運動の“ねじれ”も計算することで、キラル誘起機構を提案しました。
分子は、その構造の鏡像と重ね合わすことができない性質(キラリティー)を示すことがあり、医薬品や材料の開発などにおいて極めて重要です。最近、マグネティックスターラーなどのマクロな機械的回転を使用した渦運動によって、超分子または高分子をねじってキラリティーを発現させる例が報告されており、生命のホモキラリティー起源の候補であることやキラルな触媒を用いない新たな合成法などの観点から注目を集めていました。一方、ロータリーエバポレーターのマクロな機械的回転を使用したキラル化合物の合成例も報告されていましたが、再現性が低く、キラリティーを誘起する機構も不明でした。
今回の発見は、マクロな機械的回転(~10-1m)をナノスケールの分子キラリティー(10-7~10-9m)に結びつけている点から(図2)、新しい科学分野となりえるだけでなく、生命のホモキラリティー起源を考える上での手がかりも提供しています。さらに、キラルな触媒を用いずにキラル分子を合成する方法やキラル光学材料を調製する方法へと発展することが期待できます。
背景
分子は、その構造の鏡像と重ね合わすことができない性質を示すことがあり、これを分子のキラリティーと呼び、そのような分子をキラル分子と呼びます。アミノ酸には、D体、L体の鏡像異性体が存在しますが、生物を構成するアミノ酸は、片方の鏡像異性体のL体のみしかありません。これを生命のホモキラリティーと呼び、生命の起源に関わる未解決の難問です。また、分子のキラリティーは、医薬品や材料の開発などにおいて極めて重要であるため、キラルな触媒を用いた不斉合成(片方の鏡像異性体を選択的に合成すること)が数多く実施されており、更なる研究開発も盛んに行われています。
渦運動は本質的にキラルですが、スケールの違いにより、マクロな渦運動はナノスケールの分子のキラリティー(10-7~10-9m)には影響を与えないと考えられてきました。最近、マグネティックスターラーなどのマクロな機械的回転(~10-1m)を使用した渦運動によって、超分子または高分子をねじってキラリティーを発現させる例がいくつか報告されており、①地球の回転運動によって引き起こされる渦運動(コリオリ力)が生命のホモキラリティー起源の候補の一つであること、および②キラルな触媒を用いない新たな不斉合成法などの観点から注目を集めています。しかしこれらは、超分子やポリマーにキラルな“ねじれ”を与えることに相当し、キラル化合物を合成する方法ではありませんでした。一方、ロータリーエバポレーターのマクロな機械的回転を使用して、キラルではない分子の溶液を濃縮することにより、キラル会合体を合成した例も報告されてはいましたが、①再現性が低いこと、②分子のキラリティーを誘起する機構が不明であったこと等から、マクロな機械的回転を使用して、ナノスケールのキラル化合物を合成することは、挑戦的な課題でした。
ロータリーエバポレーターの機械的な回転を用いてキラルな超分子を合成することに成功
石井研究室では、ロータリーエバポレーターにより、フタロシアニン分子の単量体を含む溶液を濃縮することにより、キラルな触媒を用いずに、マクロな機械的回転に応じて、右巻きまたは左巻きにねじれたフタロシアニン キラル会合体を、高い再現性で合成することに成功しました(図1)。ここで、合成されたキラル会合体は、溶媒を完全に除去することで固定化されています。会合体の“ねじれ”構造は、円偏光二色性分光測定により決定され、フラスコ内流体運動の“ねじれ”も計算することで、キラル誘起機構を提案し、その機構をマグネティックスターラー実験によっても確認しました。
今回の発見は、マクロな機械的回転(~10-1m)をナノスケールの分子キラリティー(10-7~10-9m)に結びつけている点から(図2)、新しい科学を開拓しているだけでなく、生命のホモキラリティー起源を考える上での手がかりも提供しています。さらに、キラルな触媒を用いずにキラル分子を合成する方法やキラルな光学材料を調整する方法へと発展することが期待できます。
関連論文
- Y. Kitagawa, H. Segawa, and K. Ishii
“Magneto-Chiral Dichroism of Organic Compounds”
Angew. Chem. Int. Ed., 50, 9133-9136 (2011).
報道
- 東大、ロータリーエバポレーターのマクロな回転でねじれたキラル分子を合成することに成功 プレスリリース 日本経済新聞(2019.11.5)
- ロータリーエバポレーターのマクロな回転で分子の右巻き,左巻きを制御! 文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム(2019.11.22)
- ロータリーエバポレーターのマクロな回転で分子の右巻き、左巻きを制御! EurekalAlert!(2019.11.1)
- フラスコの回転だけで分子を右巻き、左巻きに! ? 生命のホモキラリティーの起源に迫る academist Journal(2019.12.23)
- 生命の神秘解明につながるかも? - マクロな操作で分子を「ねじる」技術 ニコニコニュース(2019.12.20)
- 生命の神秘解明につながるかも? - マクロな操作で分子を「ねじる」技術 マイナビニュース(2019.12.20)
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