マウス中のビタミンC (がん治療薬として期待)を蛍光観察

出典:https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP469331_U8A120C1000000/

論文

T. Yokoi, T. Otani and K. Ishii “In vivo fluorescence bioimaging of ascorbic acid in mice: Development of an efficient probe consisting of phthalocyanine, TEMPO, and albumin”
Scientific Reports, 8, 1560 (2018).
(Top 10 in Biochemistry and Molecular Biologyに選出: highly accessed biochemistry and molecular biology articles in the first quarter of 2018, Altmetrics 101)

https://www.nature.com/articles/s41598-018-19762-8

プレスリリース

https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/2849/

体内のビタミンCの挙動を追跡する蛍光バイオイメージング技術を開発
~ がん治療法「高濃度ビタミンC療法」への有用な知見 ~

近年、必須栄養素であるビタミンC(アスコルビン酸)を高濃度で投与すると、がん治療などに効果的であることが報告され、注目されています。しかし、これまでにビタミンCを検出する効果的な蛍光プローブは開発されておらず、生体内のビタミンCの挙動は解明されていませんでした。

石井研究室では、生体内で長時間活性を維持し、高感度かつ高い選択性でビタミンCを検出する蛍光プローブを新たに開発しました。それにより、静脈から投与されたビタミンCを、マウスを解剖することなく可視化することに初めて成功しました。蛍光プローブとして、赤色蛍光色素分子フタロシアニンと安定有機ラジカル分子を結合させた分子システムを開発しました(図1)。ラジカル分子がビタミンCと反応後、フタロシアニンが赤色蛍光を示すことで、ビタミンCを検出できます。さらに、血清アルブミンという血液中で最も豊富なタンパク質の二量体で包むことにより、生体内におけるビタミンCとの反応がさらに効率化し、選択性も向上しました(図2)。

本研究成果により、投与されたビタミンCが、活性を持った状態でどの臓器に輸送されるかを知ることができ、高濃度ビタミンC療法への有用な知見が得られると期待できます。さらに、今回開発したアルブミン二量体との複合化法は、生体内で失われやすい蛍光プローブの活性を維持する、新たな分子設計指針となり得ます。

蛍光分子R2cの構成とビタミンCとの反応機構
図1 蛍光分子R2cの構成とビタミンCとの反応機構(フタロシアニンの周辺置換基は省略)
今回開発した蛍光プローブの構造
図2 今回開発した蛍光プローブの構造
R2c(オレンジの球)は、血清アルブミン(緑のひも状の部分)の疎水性領域(青い部分)に取り込まれ、周囲の酸化還元物質から守られている。

必須栄養素であるビタミンCは、生体内で抗酸化作用を示します。また、薬理学的濃度に達するとがん細胞を選択的に殺すことが報告されて以降、新しいがん治療法の確立をめざした研究が進んでいます。血漿中のビタミンC濃度を高めることが重要なため、経口投与ではなく静脈に点滴投与するがん治療法が提案されており(高濃度ビタミンC療法)、さまざまながんに対して試みられ、成功事例も報告されています。しかし、静脈投与されたビタミンCが、“どの臓器に分布しやすく、抗がん作用を与えるか”については未解明で、効果的な治療法の確立に向け、生体内のビタミンCの可視化技術が求められていました。

蛍光プローブを用いるバイオイメージング技術は、リアルタイム・高感度・高解像度・非侵襲的に生体内物質を検出することができる有用な手段です。例えば、安定有機ラジカル(周囲の蛍光色素分子からの蛍光を抑えるが、ビタミンCとの反応後にはその性質を失う)と蛍光色素を結合させた分子システムは、ビタミンC検出用蛍光プローブの有力な候補と考えられており、溶液中などにおいて研究されてきました。しかし、このような蛍光プローブを用いてマウスなどの小動物の体内のビタミンCを可視化するためには、①光吸収波長・蛍光波長はともに、生体組織透過性が高い650nm以上であること、②安定有機ラジカルは、さまざまな生体内酸化還元物質との反応から保護されながらも、ビタミンCとは効率良く反応することなどが必要です。①の条件を満たす蛍光プローブとして、本研究グループが開発してきた分子R2c(図1、生体組織透過性が高い赤色光を吸収し、赤色蛍光を示すフタロシアニン蛍光色素を利用)が挙げられますが、②の要求を満たす適切な蛍光プローブはこれまでにありませんでしたた。

石井研究室では、高感度かつ生体環境に適した選択性を示すビタミンC検出用蛍光プローブを新規に開発し、静脈から投与された、マウス中のビタミンCをイメージングすることに初めて成功しました。R2c分子をタンパク質 血清アルブミン二量体で包むことにより、“ビタミンCとの効率良い反応(従来に比べ、100倍以上高感度)”と“他のさまざまな生体内酸化還元物質からの保護”を両立させており、この性質は、偶然発見されたものです。今回開発した蛍光プローブを、静脈からマウスに注射した後、ビタミンCを静脈から注射すると、数分以内に肝臓、心臓、肺および胆嚢周囲の蛍光が増大しました。これより、静脈から投与したビタミンCが、活性な状態で、これらの臓器に効率良く輸送されたことをリアルタイムで観測することに初めて成功しました。

本研究成果により、投与されたビタミンCが、活性な状態で、どの臓器に輸送されるかを知ることができるようになるため、高濃度ビタミンC療法への有用な知見が得られると期待できます。さらに、今回偶然発見されたアルブミン二量体との複合化法は、生体適合性・選択性付加の観点から、蛍光プローブ開発における新たな分子設計指針として大変有用であると考えられます。

関連論文

  • K. Ishii, K. Kubo, T. Sakurada, K. Komori, and Y. Sakai
    “Phthalocyanine-based fluorescence probes for detecting ascorbic acid: Phthalocyaninatosilicon covalently linked to TEMPO radicals”
    Chem. Commun., 47, 4932-4934 (2011).

報道

  • 「ビタミンC利用し細胞検出に成功」化学工業日報、2011.4.21
  • 「ビタミンCを追跡する蛍光色素」日刊工業新聞、2011.5.30
  • 「ビタミンCで細胞可視化」日経産業新聞、2011.7.21
  • 「血中ビタミンC光らせて測定 酸化ストレス和らげる効果期待 東大が開発 抗がん作用検証に活用」日経産業新聞、2013.11.27
  • 「光でがん治療 効果高く 東大、薬剤の吸光率調節 腫瘍深部組織深くまで攻撃」日経産業新聞、2014.2.7
  • 「東大,ビタミンCを検出する蛍光プローブを開発」OPTRONICS ONLINE、2018.1.25
  • 「ビタミンC、光らせ検出/東大など 血液中の濃度」日経産業新聞、2018.1.29
  • 「東大、体内のビタミンCの挙動を追跡する蛍光バイオイメージング技術を開発」日本経済新聞(電子版)2018.1.24