フタロシアニンの固体物性制御

@一重項酸素発生剤

ナノレベルで物性を制御可能である光機能性錯体と様々な分野で実用化されている無機材料を融合させた新規有機-無機複合体を創製し、機能の創出を目指しています。

フタロシアニンは、モノマーで存在する溶液中では、シャープな電子吸収帯(Q帯~700nm)、強蛍光、一重項酸素(O2(1Δg))生成能を有している。固体である結晶中では、強い π-π 相互作用による光電導性が実用されている一方、モノマーとしての光物性が失われる。SiPc(OH)2 の軸配位子を利用してシリカゲルへ担持することで、SiPc モノマーと同等の光物性(シャープなQ帯、同じ蛍光寿命、効率良い一重項酸素生成)を有する SiPc-SiO2 複合体を合成することに成功した。

また、この SiPc-SiO2 は赤色光照射による光酸素脱着現象を示すことを見出した。これはシリカゲルにおいて初めての観測例であり、SiPc からのエネルギー移動で生成する一重項酸素に起因している。

これらの発展として、酸化鉄磁性ナノ微粒子が分散した磁性シリカゲルに SiPc を担持した。励起状態動的挙動の解析から、磁性ナノ微粒子と SiPc の相互作用で、一重項酸素量子収率が上昇することを始めて見出した。これにより、磁石で送達可能な一重項酸素生成剤を達成できただけでなく、PDTと発熱療法 (HPT:磁性ナノ微粒子へ交流磁場を加え発熱) を併用できる癌治療薬創製への指針が得られた。

石井和之
"一重項酸素を生成するフタロシアニン-固体触媒の開発"
生産研究, 61, 83-86 (2009).

K. Ozawa and K. Ishii
"Photophysical and Magnetic Properties of Magnetic Silica Gel-Supported Silicon Phthalocyanine Complexes"
Phys. Chem. Chem. Phys., 11, 1019 (2009).

K. Ishii, Y. Kikukawa, M. Shiine, N. Kobayashi, T. Tsuru, Y. Sakai, and A. Sakoda
"Synthesis and Photophysical Properties of Silica Gel-Supported Photofunctional Silicon Phthalocyanine Complexes"
Eur. J. Inorg. Chem., 2975 (2008).

K. Ishii, M. Shiine, Y. Kikukawa, N. Kobayashi, T. Shiragami, J. Matsumoto, M. Yasuda, H. Suzuki, and H. Yokoi
"Silica Gel-Supported Photofunctional Silicon Phthalocyanine Complexes: Photodesorption of Molecular Oxygen by Singlet Ooxygen Generation"
Chem. Phys. Lett., 448, 264 (2007).


A分子磁気光学材料

新しい光機能を目指す際、分子磁性とのカップリングは特に有望である。分子の持つ磁性の根幹は、電子スピン角運動量と軌道角運動量にある。分子の軌道角運動量には、金属イオン固有のd、f軌道とともに、π電子軌道も寄与しており、多様な分子の性質(分子構造、分子軌道エネルギー、電子分布など)を反映する。

そこで、分子の持つ強い磁気光学効果と無機磁性材料の持つ磁気ヒステリシスの融合を試みた。会合を抑制する嵩高い周辺置換基を有する SiPc(OTHS)2 薄膜を強磁性 SrO・6Fe2O3 基板上に成膜し、反射のカー楕円率スペクトルを測定した。680nm付近にシャープな SiPc(OTHS)2 に由来する積分型のカー楕円率信号が観測され、その磁場依存性は、保磁力を有する磁気ヒステリシスを示した。

これより、有機π電子軌道に由来する可視磁気光学効果に、室温で保磁力を付加することに初めて成功した。

この分子磁気光学効果の特長として、@分子構造制御による波長可変が容易、Aスペクトルがシャープ、B汎用性の高い可視光、C室温条件、D簡便な測定手法などが挙げられる。これらの性質を利用し、以下の分子磁気光学メモリを提案した。

@テトラアザポルフィリン (TAP, 600nm)、Pc (700nm)、ナフタロシアニン (Nc, 800nm) を磁性基板上磁区へ塗布し磁化 (111信号) → A600nmでTAP選択的光励起によりTAP磁区の磁化消失 → B600nmTAP由来の磁気光学効果が消失 → C3波長で磁気光学効果を測定し011信号を認識。

この方法を用いれば、錯体の種類Nに対して2N個の情報記憶が期待できる。



M. Karasawa and K. Ishii
"Magnetic Hysteresis of Molecular Faraday Effects of Phthalocyanine-Based Thin Films on Bi, Al-Substituted DyIG Substrates at Room Temperature and Demagnetization of the Ferrimagnetic Substrates by Photothermal Effects of Phthalocyanines"
J. Phys. Chem. C, 120, 21811 (2016).

石井和之
"フタロシアニン錯体−無機磁性体複合化による新規光機能創出"
化学工業, 60, 629-633 (2009).

K. Ishii and K. Ozawa
"Local-Field-Induced Effective Magnetic Hysteresis of Molecular Magneto-Optical Effects in the Visible Region at Room Temperature : Phthalocyanine Thin Films on Ferromagnetic Inorganic Substrates"
J. Phys. Chem. C, 43, 18897 (2009).

K. Ishii, H. Itoya, H. Miwa, and N. Kobayashi
"Selective Detection of Minor Prototropic Tautomers in Low-Symmetry Tetraazaporphyrin Derivatives by the Combined Use of Electronic Absorption, MCD, and CI Calculations"
Chem. Commun., 36, 4586 (2005).

N. Kobayashi, J. Mack, K. Ishii, and M. J. Stillman
"Electronic Structure of Reduced Symmetry Peripheral Fused-Ring-Substituted Phthalocyanines"
Inorg. Chem., 41, 5350 (2002).

K. Ishii, N. Kobayashi, T. Matsuo, M. Tanaka, and A. Sekiguchi
"Observation of the Predicted Negative Faraday A MCD Term in a Cyclobutadiene Dianion"
J. Am. Chem. Soc., 123, 5356 (2001).

K. Ishii, Y. Hirose, and N. Kobayashi
"Electronic Absorption, MCD and Fluorescence Studies on Phthalocyaninatosilicon Covalently Linked to One or Two TEMPO Radicals"
J. Porphyrins Phthalocyanines, 3, 439 (1999).


B光伝導体

オキソチタニウムPc(OTiPc)の結晶は、近赤外光活性な光伝導体としてGaAsAlレーザープリンターに利用されているが、@その電子吸収スペクトルは、溶液中のそれに比べ、Q帯がブロード化、長波長シフトすること、Aその光伝導性は結晶構造に強く依存すること等の特徴的な光物性を示す。

金属酸化物などの無機系結晶(理論計算により様々な物性評価が可能)とは異なり、分子性結晶では、強く結合した分子内原子団の計算後、結晶中における中間的な分子間相互作用を取り込む必要がある。

そこで、@X線構造解析で決定された分子構造を基に、一分子における配置間相互作用計算(ZINDO/S法)を行い、正確に励起エネルギー、波動関数を得る、A励起状態におけるユニット間相互作用(励起子相互作用、隣のPc同士の電荷移動相互作用)を更なる配置間相互作用で近似的に取り入れるという計算過程を経ることで、243分子のOTiPc(直径が〜7nmの球中に分布)について計算を行った。

@大きな長波長シフトはユニット間励起子相互作用に由来すること、A電荷移動帯の観測、及び高い光伝導性は、ユニット間共鳴積分に大きく依存することなどが計算結果から明らかとなった。

すなわち、@単一分子の励起エネルギー、ユニット間励起子相互作用を制御することで、吸収波長の調節は可能、Aユニット間共鳴積分を大きくする分子性結晶のデサインが、高い光伝導性を得るために重要という設計指針を得ることができた。


石井和之、小林長夫
"フタロシアニン固体の吸収スペクトル"
機能性色素としてのフタロシアニン、坂本恵一、広橋亮、大野映子編、アイピーシー、199-204 (2004).

K. Nakai, K. Ishii, N. Kobayashi, H. Yonehara, and C. Pac
"Theoretical Calculations of the Electronic Absorption Spectra of Oxotitanium(IV) Phthalocyanine in the Solid-State"
J. Phys. Chem. B, 107, 9749 (2003).

  

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